第十一話 自動給餌器

 孟徳と玄徳が来てからの私達夫婦の生活は慌しかった。

朝早めから犬の食事の用意をし、越前と他の2匹を隔離するための柵を組み立ててから出勤する。結構広めの柵だ。自分達が見ていないところで、越前と一緒にするのは怖かった。

昼間、私達がいない間、越前はなんとか2匹と遊ぼうと悪戦苦闘していたみたいだ。朝にきちんと四角に組んでいた柵は、帰宅時にはぐしゃぐしゃの多角形に変わっている。よほどしつこく柵に体当たりしなければそうはならない。

後片付けが大変だった。柵を取り外すだけではない。柵の中にトイレも一緒に入れていた。越前が体当たりすることでうんちやおしっこがそこら中に塗り広げられるのである。それをブラシやモップで片付けるのだが、なかなか取れない。それでも、仕事から帰るのは楽しみであった。

掃除が終わると、食事の準備である。越前にはドライフードをそのまま与え、孟徳と玄徳はお湯でふやかして与えた。犬用の食器も異なった。越前には普通の犬用皿を使ったが、孟徳と玄徳は外国製の自動給餌器なるものを買ってきた。

自動給餌器と言ってもたいしたものではない。2食用に2つの皿があり、蓋がついている。ちゃちなタイマーをセットすると、好きな時間に蓋が開き食事を与えることができるというしろものだ。

越前は既に朝晩2食だったが、孟徳と玄徳はまだ3食与えなければならない時期だった。私達夫婦は共働きだったので、昼に食事を与える道具としてわざわざ買ってきたのだ。

もともとこの自動給餌器は、一匹の犬に2回分の食事を与えるためのものであり、2匹の犬に餌を与えることを想定していない。だから、2つの皿を同時に開くことができなかった。しょうがないから、数秒の時間差をあけてタイマーをセットした。

思わぬことに、この数秒の差は、孟徳・玄徳2匹の人格(犬格?)形成に大きな影響を与えた。

食事の時間がくると、片側の給仕器の蓋が

バカッ!
とひらく。先に飛びつくのは体が少し大きい孟徳。玄徳は隙間から食べようとして近づくが・・・、

ワッフ!

孟徳に怒鳴られ、すごすごと引っ込む。

バカッ!
少しの時間差で、もう片方の蓋が開く。やっと玄徳の番だ・・・が、

グッ、グッ!!

自分の分を食べ終わった孟徳が、玄徳の皿に頭を無理やり突っ込んで横取りだ。玄徳は、傍らで呆然と見ているしかなかった。

食事量の違いで、当然孟徳のほうが大きくなっていった。

「やっぱり玄徳、ダッチョだから弱いのかな?」
私達は、玄徳の皿を多めにするよう心がけた。でも、増やした分は孟徳の腹におさまるだけだった。

「生存競争だからしょうがないのかもな。」
飼い主が半ば諦めていたとき、
『こ・・このままではヤバイでちゅ。生きるためには兄を倒ちゃねば・・・。』

玄徳は決起したらしい。

ある週末、私達が自宅にいるときのことである。別に自動給餌器を使う必要もなかったのだが、いつもの癖でつい、朝食分と昼食分をまとめてつくってしまった。

なので、孟徳と玄徳のために、いつも通り昼食分を給餌器にセットしておいた。

昼になった。

バカッ!

イモイモイモ・・・
毛虫のように孟徳が皿に近づく・・・とその時、

ギャウ、ギャウ、ギャウッ!!!(ええかげんにせえよ!)
玄徳が吠え掛かったのである。

孟徳は一瞬たじろいだが、勝てると思ったのだろう・・・、反撃にでた。
ワフ、ワッフ!(なにいきがっとんねん!)

今回玄徳はひるまなかった。

ガルル、ギャルウー!!!(そんなに食いたきゃ、俺を喰え〜っ!)

気迫で孟徳を引き下がらせたのである。

このとき玄徳は学んだ。「欲しいものは戦って手に入れろ」と。以来、結構強気だ。

一方孟徳は、性格が丸くなってしまった。頑固なところは変わりないが、自分に関係ないことは無視を決め込む。無用な争いを避けるようになった。

さて、自動給餌器は孟徳・玄徳のみならず越前にも影響を及ぼしていたことを、同時に知った。

越前は、既に一日2食なので昼食は無い。 そもそも食に対して淡白な犬だった。まだ一匹だけだった頃、越前は朝晩の食事を全部食べ切らないこともあった。なんとか完食させようと、トッピングを乗せたりミルクを混ぜたりと努力した。それでも残した。その越前が・・・、

ハアッ、ハアッ、ハアッ!

自動給仕器が開いた瞬間、息をきらせながら柵の周りを右往左往しだしたのである。

「ちょっと・・・。どうしたの?大丈夫、越前?」
妻が驚き慌てるのもしょうがない。

越前が涎を流しているのである。ツ〜ッとかダラ〜ッではない。
ダダ〜ッ! ボタボタボタ〜ッ!
下顎全体から滝のように流れている。体が溶けているようにさえ見えた。

このようになったのは、随分後に一回だけあった。発情期のメス犬の匂いを嗅いだときである。

「ひとが食ってるもんは、うまそうに見えるんだよ。」
「そういえば、最近この子、ご飯残さなくなったよね。」
「う〜ん。人間にしろ、動物にしろ、競争やストレスによって成長するんだなあ。哲学だなあ。」

なんぞと言ってると、越前が体を丸めてヒクヒクしだした。

ウゲウゲ〜ッ!!
『こいつらだけ食ってて、俺は食えない〜!!!』
ストレスと空腹感が極みに達した越前は、黄色い胃液を吐いた・・・。

「うんうん。わかるぞ、越前。俺も会社にいるとゲロ吐きそうだ。」

こうして越前は、我慢強い犬になった。

第十一話 完 

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