第十二話 アタリの苦悩

 日を追うごとに、犬3匹のやんちゃ度はグレードアップしていった。

ある日家に帰ると、越前が孟徳・玄徳エリアの柵の中に入っていた。どうやって入ったのかわからなかったが、きっと近くの高い場所に登りそこからジャンプしたのだろう。

散散柵の中で遊びまわったらしく、3匹とも糞まみれになって、

「おかえりなちゃい。」

目をきらきらさせながら、嬉しそうにこっちを見上げている。

 

「お・・・、おまえら・・・」

仕事から疲れて帰ってきて、この状況は泣ける。

喧嘩で怪我でもしていないかと心配になったが、糞にまみれてわからない。スーツを着たまま持ち上げる気にはとてもなれず、いそいで素っ裸になり3匹を抱えて風呂場にかけこんだ。自分の体に、犬の糞が擦り付けられる感触は、さすがに寒気が走る。

まず水をぶっかけて糞を落とし、一匹ずつチェックした。ありがたいことに全員無事だ。それから入念にシャンプーをして臭いを落とす。3匹ともなると、風呂に入れるだけで一仕事である。

風呂が終わると掃除だ。状況はいつもよりひどい。とりあえず柵を分解し、床洗剤を一面に撒き、モップがけをすると・・・、洗剤に溶けた糞がチョコレートセーキのようになる。
(二度と、チョコセーキは飲めないな。)
とか考えていると、

ダダダダーッ!!!
風呂に入ってさっぱりした3匹が、元気溌剌、部屋中を駆け回りだした。

「ヤメローッ!!」
といって、止める奴らではない。

バチャッ、バチャッ、バチャッ!
3匹が、チョコレートセーキをはじき飛ばしながら駆け抜けた。

「てっめえら、いいかげんにしろーっ!」
こちらの剣幕に、3匹はピタリと止まりこちらを見上げる。そして、

ぷるぷるぷるぷるっ!
体を振って、水しぶきを弾きだしチョコセーキをはじき飛ばした。

「キャ〜〜ッ!イヤ〜〜ッ!!ヤメテ〜!!!」

さすがに口には出さないが、まさにそういう気持ちである。

逃げ回る犬を一匹づつ捕まえて、風呂桶の中にぶち込んだ。他に監禁しておく場所がなかったので、苦肉の策だ。

(後から、風呂も掃除しなきゃ・・・)

部屋にもどると、茶色い足跡が床一面に・・・。壁にまで飛び散っている。
(これを俺が掃除するのか?一人で?そうだ、近くの居酒屋にばっくれて、妻に掃除させよう。)
とも思ったが、このまま出て行ったら逃げたことがばれる。家に帰ったときと同じ状態に戻すぐらいだったら素直に掃除したほうが早い。


妻が帰ってきた。
「わ〜、家がぴかぴかじゃない。ありがとう、掃除してくれたんだ。」
呑気なもんである。何があったか説明すると、
「残業しといて良かった〜。なんか予感がしたのよね。」
(そうだろ、そうだろ。俺も逆の立場だったら、絶対同じことを言ってる。)

翌日から柵は撤去することにした。3匹を一緒にしても大丈夫とわかったし、家の汚れ方がましだと思われたからだ。事実、粗相はしたが、糞を踏みつけて歩き回るようなことはなかった。

このあおりを食ったのが、黒猫のアタリだ。

アタリは越前とはうまくやっていた。越前は、アタリに対しても無茶なことはしなかったので、よく一緒に遊んだり寝たりしていた。だが、残りの2匹との相性は強烈に悪かった。

2匹は加減というものを知らない。思いっきり噛んだり、体当たりするのである。やはり親元を早くに離れたためか。アタリは本気で2匹を相手に喧嘩し、なんとか威厳を保っていた。

しかしながら、ストレスは着実に溜まったようである。アタリは、食欲がなくなり様子がおかしくなった。

「お医者さんに連れて行こうか?」
「うん。ストレスのせいだとは思うけど、見せたほうがよさそうだね。」

妻ともども、気が滅入った。
アタリは全くの家猫で、外に出たり見知らぬ人に会うのが大嫌いである。何度か旅行や散歩に連れ出したが、その度にパニックに陥りとんでもないことをしでかした。だから、獣医さんに連れて行くのもよほどの覚悟が必要なのだ。

ウ〜ッ、ウ〜ッ、ニャッ!

案の定、獣医さんを思いっきり威嚇した。

「よしよし、大丈夫だよ。」

獣医さんが優しく声をかけても、

シャ〜〜〜!!!

パニックって、取り付く島がない。

でも、さすがプロ。獣医さんは、それでも上手にいなしながら手際よく診察した。

「うん、肛門嚢が溜まっています。ストレスもあるでしょうけど、これも原因の一つかもしれません。」

「はあ。それって、手術が必要なんですか?」

「いえ、手で絞るだけです。」


ブリュ、ブリュ、ブリュ

獣医さんが、アタリの肛門を揉みだしてしばらくすると、茶色い蟹味噌みたいなものが大量に出てきた。臭いも蟹味噌だ。

「これだけ溜まってると、しんどかっただろう。もう少し出そうだな。」

怒りまくっているアタリに声をかけながら、さらに揉み出した。

「こんなに出るもんなんですか?」

びっくりして聞くと、

「これは溜まりすぎですね。ときどき飼い主さんが出してあげるといいんですが。」

「どうやってやるんですか?」

この日以来、私の趣味の一つに「肛門嚢絞り」が加わった。これについては、後日お話しする。

診察が終わり、支払いを待っている間、アタリは私の首に襟巻きのようにしがみついていた。ケージの中に入れようとしても、爪をたてて降りようとしないのだ。診察されるだけでもパニックなのに、肛門嚢まで絞られたことでショック状態になったようだ。

「あなた・・・」 横にいた妻が絶句した。

私の肩に乗ったまま、アタリが脱糞してしまったのだ。一度も粗相をしたことがないアタリが、私の背中に。

結局、ペットを飼うということは、下の世話に明け暮れるということなんだ。

 

第十二話 完 

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