第十四話 海水浴

越前たちにとって初めての夏が来た。

「越前君たちを鎌倉で泳がせてあげませんか?」

我が家の近くにあるペットカフェのオーナーが海水浴に誘ってくれた。オーナーは、ゴールデンリトリーバー2匹を飼っている。ご近所のゴールデンやラブラドールの飼い主仲間と、月に何回か、鎌倉まで泳ぎに行っているそうだ。その大型犬のお仲間に入れてもらうことにした。

 

「眠て〜っ!何で犬ってこんなに寝起きいいんだ?」

朝5時に家を出たのだ。いきなり後悔した。会社勤めの身にあっては、週末の寝だめがどれだけ大事か。唯一のストレス開放手段だった。そういう人生ってどうよと思うが、当時はそれが普通だと信じていた。

集合場所は海岸近くのファーストフード店。それも朝6時。テラスだとペット同伴OKだった。この日は、黒ラブの飼い主夫婦とゴールデンの飼い主夫婦、ペットカフェのオーナーとそのゴールデン2匹、そして我が家の計4家族7匹らしい。

「おはようございます。よろしくお願いします。」

「おはよう。あんまりいい天気じゃないけど、犬たちには楽でいいんじゃない。」

ゴールデンの奥さんが挨拶してくれた。

(うわ〜っ、遅刻せんで良かった〜〜っ)

皆さん、我々よりずっとご年配だったのである。

朝食をとりながらしばらく話して、海岸に向かった。海岸に到着すると、

「じゃ」
と言って、それぞれの家族はばらばらに散り、自分の飼い犬と遊び始めた。

(そういうことか・・・)

それまで、どうやって犬同士遊ばせるのだろうと不思議に思っていたのだ。躾もできていない我が家の犬が、ちゃんと遊べるのか不安でもあった。これで随分気が楽になった。


「よし、うちもリードを離してやろう。」

「泳げるのかな?この子たち。」

「うん。たぶん大丈夫だろ。ただ、水を嫌うかもしれないな。」

3匹は、初めて見る光景にびっくりしたようだ。興味津々で海に近づいていったが、波打ち際でどうしようかと迷っていた。

「こういう時に性格ってでるよね。」

「うん。孟徳って、ほんとに変わってるよな。あいつ大丈夫か?」

この頃になると、性格の違いがはっきりしてきた。越前は、神経が細やかで場の空気を読めるが、その分何事にも慎重である。玄徳は、猪突猛進タイプであるが、面白いことに一番のびびり屋でもあった。孟徳は、掴みどころがなくてよくわからない。神経が太いのか鈍いのか、賢いのか馬鹿なのか、いまだによくわからないのである。

この時もそうだった。越前と玄徳は、波が引くと恐る恐る前へ進み、満ちてくると全力で逃げていた。その間孟徳は、じっと前方を凝視したまま微動だにしない。そして、何を思ったか突然歩き出し、ジャブジャブと水に入って行った・・・かと思ったら、再びのぼっと立ち尽くす。

「いったいあいつの頭の中はどうなってるんだ?」

「きっと、すごく色々なことを考えてるのよ。」

(本当にそうなのか・・・)

「ま、とりあえず水泳訓練だ。行くぞ〜っ。ものども、付いて来〜い!」

私達が海に入っていくと、案の定、一番最初に泳ぎだしたのは玄徳だった。玄徳はいつも妻の傍を付いてまわるのだ。それを見て、越前が負けじと飛込んでくる。そして孟徳は・・・、ぼ〜っとこっちを見ていた。

「も〜と〜く、来〜いっ!」
呼ぶと、しぶしぶ泳ぎ始めた。

(この野郎、黙ってたらサボる気だったな。)

 

「越前が一番泳ぎが下手だなんて・・・、意外だわ。」

孟徳と玄徳がツツツーッと上手に泳いでいるのに対し、越前はバッチャンバッチャンと派手に水しぶきを上げていた。まるで溺れているようだ。

「これは体型の問題だな。水に浮きにくいんだよ。」

越前は体が引き締まっており、まるで小さいボクサーだ、と言ったら言い過ぎか。いずれにせよ運動能力がかなり高く、暑さにも強い。しかし海の中では、その精悍な体型がかえって裏目に出たようである。

「越前、大丈夫?」
必死の形相になっている。目玉が飛び出そうだ。

「こいつ、本当に律儀だよな。」
それでも彼は、我々についてこようと努力するのだ。

「それに比べて、残りの2匹は上手だね。」
体が丸くぷよぷよしている分、簡単に浮くことができるようだ。あとは足を掻けば前に進む。玄徳は、水泳がかなり気に入ったようだ。へらへら笑いながら、右に左に泳ぎまわっている。

「でも、孟徳はやる気に問題があるね。」

スイスイと泳いではいるのだが、顔はむっつりしたままだ。私達の後ろをただ黙々とついて来る。玄徳のように泳ぎまわることはしなかった。

〔何でこんなことしなきゃいけないんだブー。何が面白いんだブー。〕
とでも言っているようだった。

泳ぎに慣れてくると、3匹は私達から離れ、それぞれ勝手に遊び出した。孟徳がまっさきに砂浜に戻り、それに越前、玄徳が続いた。孟徳は砂浜にあがると、今度は陸の方を向いてぼ〜っと突っ立っていた。

(ほんとにわからんな、こいつだけは・・・)

越前と玄徳は、ラブラドールの方へ向かって走って行った。ボール遊びに混ぜてもらおうとしたようだ。これはまずかった。ボールを取られると思った黒ラブは、いきなり越前と玄徳に噛み付いた。

キャンキャン鳴いて、2匹はすぐに逃げ出した。越前は孟徳の傍に、そして玄徳は・・・、海に飛込み、沖に向かって逃げ出したのである。まるで流木のように、スーッと沖に流れていった。

「げ〜んと〜っく、戻っておいでーっ!!」

慌てて妻が呼ぶと、妻の方へスススーッと戻ってきた。

〔酷い目にあったでしゅ〕
と言わんばかりに。

それにしても、玄徳はよく浮く。体型がこうまで影響するものか。そういえば・・・、余談になるが、新婚旅行で南の島に行った時のことである。

 

「スキンダイビングをしよう。」

「私、泳げない。」

「大丈夫、人間は浮くようにできているんだ。水の中って、本当に綺麗だよ。せっかく来たんだから、熱帯魚と珊瑚礁を見ていかなきゃ。潜り方教えるから、心配しなくていいよ。」

スキンダイビングのポイントは、小さなボートで20分ぐらい行ったところにある。その日は、他の観光客はいなかったので、私達だけの貸切状態だった。水中眼鏡、シュノーケル、フィンをつけ、妻にはライフジャケットを着せた。

「うわ〜、きれい」
持ってきたソーセージをちぎって撒くと、色とりどりの小魚たちが一斉によってきた。

「じゃ、次は潜ってみるか。ライフジャケットをはずしてごらん。」

妻のライフジャケットを受け取り、ボートの運転手に渡した。

「いいか、勢いよく頭から潜っていくんだぞ。」
「うんっ!」

と言ったはいいが・・・、

ぷかぷかぷか

お尻だけが水面に浮かぶ。足をじたばたさせるが、どうしてもお尻が水面から沈まないのだ。確かに妻のお尻は普通より大きいのだが、それにしても・・・。
(なんか、新種のくらげみたいだな。巨大カツオノエボシってやつか?)

新婚ほやほやの若妻のあられもない姿に、新婚ほやほやの夫は複雑な気持ちになった。

(なんか、笑えるけど、笑えないな。)

ふと気づくと、ボートの運転手も船の上から食い入るように眺めていた。

(てめえっ!何、人の嫁の尻を見てんだよーっ!!)
じろりと睨みつけると、

(ワタ〜シ、ナニモ、ミテマセ〜ンッ)
とばかりに、遠くに視線を逸らした。しかし、頬がぴくぴくしている。私に対する気兼ねか、それとも妻のしどけない姿に笑っているのか。たぶん後者だ。

しかし、それにしてもである。

(でかい尻だ・・・。まるで巨大な桃だな。)

と思ったとき、桃太郎伝説が頭をよぎった。民話というのは、何らかの事実や事象をもとに作られていることが多い。

(きっと桃太郎は、尻がでかい赤ん坊だったのだ。それが川に落ちて、尻だけ浮かせて流れていたんだ。妻の家系を遡ると桃太郎に行き着くかもしれない・・・。)


話を戻す。越前と玄徳は、額を思いっきり噛まれていた。傷はかなり深く、綿棒の先がすっぽり入るぐらいだった。

「まあ、目をやられなかったから良かったじゃないか。これも勉強、勉強。」
といいつつ、あとちょっとで目をやられていたかと思うとぞっとした。私は、目が見えなくなることに対する恐怖感が人一倍強いのだ。

これについては、次の物語でお話する。

第十四話 完 

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