第十八話 お手紙
「ちょっと。ひどいじゃない。ゆっくり嗅がせてあげてよ。」
散歩の最中、犬たちを無理やり引っ張って行こうとして妻に怒られた。あんまりしつこく他の犬のおしっこを嗅ぐため、私はイライラしてしまったのだ。
「あのね、犬にとってマーキングはお手紙なの。そうやって、お互い情報交換をしてるの。だから、ちゃんと嗅がせてあげることが大事なの。」
「へえ。そうなんだ。これが本当のシーメールってか。」
「・・・・」

なるほどと感心しつつ、改めて犬たちの行動を眺めてみると、面白いことに気づいた。お手紙の読み方にもそれぞれの個性が出ているのだ。
越前は律儀である。届いたお手紙は全て読もうとするし、読み方も丁寧だ。じっくり時間をかけて読む。 そんなときは話しかけても無駄だ。
「越前さん。どうですか?何か新しいニュースはありましたか?」
フンッ、フンッ、フンッ
(仕事中に邪魔しないでください)
無視である。
越前はやはり律儀である。もらったお手紙には全て返事を出すのだ。それも長すぎず、短すぎず、
シーッ、シーッ
(○○様
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
ご依頼の件、了解いたしました。すでに対処しましたのでご安心ください。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 越前)
といった感じだ。
「越前が人間だったら、やり手のビジネスマンになっただろうな。」
「なんで?」
「こんなにマメだったら、どんな商売やっても成功するだろ。」
「そうかも。そつが無いよね。」
玄徳の場合は、ほとんど手紙を読まない。他人のことなんか、どうでもいいのである。家を出るとすぐ、玄徳は大量のおしっこをする。足元に水溜りができるほどに。
ジョボ、ジョボ、ジョボ、ジョボ
(○月○日、
昨日の朝飯はおじやで、晩御飯は生肉・生野菜のドレッシングなしだった。
今日の朝飯はなんだろう? 今日の晩ご飯はなんだろう?
希望としては・・・。
それから、夕方の散歩は・・・。
昼寝は・・・。
それから・・・。
そしたら・・・。
でも・・・で、・・・だから、・・・。)
いわゆる日記である。言いたいことを言ってしまえばそれで終わり。コミュニケーションをする気はさらさらない。この時点で、玄徳はほぼインク切れ。後は先頭に立つべく、ひたすら突っ走るのみだ。たまに気が向いたときに、お手紙を流し読みする程度である。
「玄徳って、すごく散歩に行きたがるけど、何を楽しみにしてるんだろう?」
「どういう意味?」
「別に社交が目的じゃないだろ。だったら何だ?」
「う〜ん。玄徳には玄徳の世界があるのよ、きっと。」
なるほど。思い返してみれば、自分も子供の頃、外出するだけで興奮していた。何を期待しているわけでもなく、ただただ嬉しくて絶叫しながら走り回っていた。あれは何だったのかは自分でもわからないが、きっと玄徳もそうなのだろう。
さて、孟徳はというと、玄徳とはまったく逆で、お手紙を読む時間が無茶苦茶長い。鼻が付くほど顔を寄せ、延々と臭いを嗅ぐ。越前の数倍の時間をかけるのだ。
フンッ、フンッ、フンッ
(お〜。なるほど、なるほど)
やっと顔をあげたかと思っても、それで終わりではない。臭いを咀嚼するように、口をモグモグさせる。
モグ、モグ、モグ
(これはつまり、こういうことか?)
そして、再び同じ場所を嗅ぐのである。
フンッ、フンッ、フンッ
(お〜っ、やっぱりそうですか〜!)
それだけ時間をかける割に、孟徳の返事は短い。
ピピッ!
(読みました。)
だけである。
「お前、それは失礼じゃないか?」
「なんか、人間でもそういう奴っているよね。」
そう。再び思い返してみると、小学校の頃そういう奴がいた。読書感想文は、夏休みの宿題の定番だ。そいつは、「フランダースの犬」を選んだ。読書が苦手なそいつは、ひと夏かけて、び〜び〜泣きながら読み上げた。そして、夏休みの最終日、書いた感想文は、
「ネロとパトラッシュがかわいそうだと思いました。」
たったの2行。
「そいつ」というのは、私のことだ。
妻が聞いてきた。
「じゃあさ、孟徳と玄徳が人間だったら、何の仕事が向いてると思う?」
「う〜んっ・・・。やっぱり・・・。漫才師か?」
「えっ?」
「一方的にべらべら、べらべらまくし立てる、暴力的な弟。弟より体が小さくて、反応が鈍くて、とんちんかんな兄。そういう兄弟漫才師と言ったら・・・」
「・・・・中川家。」
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