第二十話 孟徳のつぶやき

 

孟徳はつぶやく。会話というよりは独り言である。

嬉しいときも、
『ぶ〜、ぶ〜、ぶ〜』

怒られても、
『ぶ〜、ぶ〜、ぶ〜』

自分の思いを、
『ぶ〜、ぶ〜、ぶ〜』

だけで表現できるというのは、たいしたもんだ。が・・・、なんか暗い。

「孟徳って、『北の国から』の主人公に似てない?」
「似てる、似てる。ぼそぼそしゃべるとこが。」
「じゃあ、孟徳のおしゃぶりって、お母さんへの手紙かもね。」

いつの頃からだろうか。孟徳は、ぬいぐるみをひっぱり出してきては、その手足をぶーぶー言いながらおしゃぶりするようになった。妻いわく、母親のおっぱいを思い出しているらしい。恍惚とした顔をしながら、延々とつぶやく。

『ぶっ、ぶっ、ぶ〜』
(拝啓、お母ちゃん。ぼくは今日おやつにパンケーキをもらったんだ。)

『ぶっ、ぶっ、ぶ〜』
(だけど、バターとかシロップはつけてもらえないわけで・・・。)

『ぶっ、ぶっ、ぶ〜』
(なんだか・・・、とても・・・、悲しいと思ったんだ・・・。)

昔は、そういう風に聞こえた。しかし、孟徳ももう5歳。人間で言えば36歳ぐらいらしい。さすがに、「・・・なわけで」と言っているようには見えない。どちらかというと、最近は念仏を唱えているように聞こえる。

『ぶっ、ぶっ、ぶ〜』
(摩可〜、般若〜、波〜羅〜密多〜)


孟徳は、犬の女の子に嫌われる。他の2匹が仲良くしている中、孟徳が近寄ろうとすると吠えつかれることがしばしばある。つい先日も、チワワの人懐っこい女の子がいた。越前の前でゴロンとお腹を見せて、

『ハッ、ハッ、ハッ』
(私を嗅いで〜)

越前が挨拶をすると、サッと立ち上がり、次は玄徳の前でゴロン。

『ヘッ、ヘッ、ヘッ』
(あなたも嗅ぎなさ〜い)

で、孟徳がぶ〜ぶ〜言いながら近づくと、

『キャン、キャン、キャンッ!』
(あんたどこ嗅いでんのよーっ!)

孟徳はスタコラサッサと、妻の後に隠れ、

『ぶ〜、ぶ〜、ぶ〜』
(だから犬の女って嫌いなんだよ)

「やっぱり、犬も暗い奴って嫌われるのかな?」
「そうじゃなくて、ぶーぶー言うのが唸っているように聞こえるのよ、きっと。」
「なるほど。孟徳の『ぶーぶー』は特にひどいしね。フレブルと他の犬種って、英語と日本語ぐらいに言葉が違うのかもな。」

だから、孟徳はドッグランが大嫌いである。越前は、大型犬を見つけては一緒に所狭しと走り回るし、玄徳はあちこちで他の犬にちょっかいを出そうとする。しかし孟徳は、人間様のベンチに座りこみ、フェンスの外を悲しげに眺めるのだ。

『ぶぶ〜』
(あの頃に帰りたい・・・)
まるで、日向ぼっこしている老人のようだ。


「お前もみんなと一緒に遊んでこいよ。」
横に座って声をかけると、いそいそと膝の上に乗ってくる。泥だらけで・・・。
「あのさ、せっかくお金出して遊びにきたんだぞ。少しは楽しめよ。」
と言っても、



<ガリ、ガリ、ガリ>
(早く帰ろうよ)
前足で私を引っ掻く。こんなことでいいのかと心配になるのだが、

「これでいいのよ、もうちゃんは。飼い主しか目に入らないなんてかわいいじゃない。」
妻は、孟徳のこういう性格がすごく気に入っている。

犬同士の間では、人気の無い孟徳であるが、人間のお姉様方にはすこぶる受けが良い。越前や玄徳は、はしゃぎ過ぎるのだ。飛び上がったり、ベロベロ舐めたりしようとするので、相手が引いてしまう。ところが孟徳は、一歩下がったところで、

『ぶっぶ〜』
(こんにちは〜)
ぺたんと座って、頭を少し下げる。撫でやすいように。
「きゃ〜!もうちゃん、相変わらずいい子だね〜っ。」
お姉様たちはイチコロである。

「雌犬にはモテないけど、人間にモテる。それって犬として幸せなのか?」「幸せだよ、孟徳は。本人は犬に興味がないんだからいいじゃない、それで。」
「そうなのかなー?それでいいのかなー?」
「だったら、越前とか玄徳の方がかわいそうじゃない。犬の女の子と思いっきりいっぱい遊びたいのに、飼い主の都合で遊べないんだから。そう思わない?」
「確かに、それは一理あるけど・・・」

ふと思い出したのは、高校時代のことだ。私は男子校に通っていた。しかも寮住まい。思春期の真っ只中、女の子としゃべるどころか、24時間見ることもなく過ごす日々が多かった。ほとんどの生徒は悶々と3年間を過ごしたのだが、幾人かの生徒は嬉々としていた。同性に興味を持つ人々である。どっちが幸せだったのだろう?女の子に興味があるのに周りに一人もいないのと、例え変だと言われても大好きな男の子に囲まれて暮らすのと。

「でしょ。あなただったら、どっちが幸せだと思う?」

「いや・・・、考えたくもない・・・。」

第二十話 完 

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