第二十三話 
ペットとのコミュニケーション


「何処行ってんだ、コノヤローッ。真っ直ぐ歩けよ、コノヤローッ。どうして、いつもお前はそうなんだ、バカヤローッ。」

仕事で外出していた時のことである。反対側の歩道から怒鳴り声が聞こえてきた。50代後半であろうか、オヤジさんがミニチュアダックスとパピオンを連れて散歩していたのである。

(なんだ、このオヤジ。変な野郎だ。)

小さな犬たちを、大声で怒鳴る姿にムッとした。ところが、道を渡って近寄ってみると・・・、

<グイ、グイ、グイ>
(関係ナイネッ!ソイヤッ、ソイヤーッ!!)

人相の悪いダックスが、全力でリードを引っ張っていた。飼い主が怒鳴ろうが、意に介さず。

<ぴょこ、ぴょこ、ぴょこ>
(ルン、ルン、ルン)

パピオンに至っては・・・、人の話しを聞いてもいない。あっちに寄り道、こっちに寄り道。自分の世界に嵌まり込んでしまってる。

オヤジはというと、リードを握っているだけ。コントロールしていない。どうしていいかわからず、「コノヤロー」と「バカヤロー」を連呼する。
きっと会社では、これで部下達が言うことを聞いてくれたのだろう。しかし散歩中の犬は・・・、情けも容赦もないのだ。

「クッ、クッ、クッ」

近くで見物していた幼稚園児の母親達が、互いに目を見合わせ必死で笑いをこらえている。その内の一人と目があった。以心伝心・・・、
(大声で笑いたいんですけど・・・)
(同感です・・・)
お互い、頬がひくひくし、肩がぴくぴくなる。

 

「・・・ってことがあったんだけど、なんかそのオヤジ、気の毒になっちゃったよ。真剣に怒れば怒るほど、滑稽なんだよ。」

「きっと定年退職したばっかりのおじさんなんだろうね。まだ新しい生活に慣れてないのよ。でも、私も人のこと笑えない・・・。」


そう、妻は人のことを笑えない。妻も、「待て、話せばわかる」型飼主なのである。

「待ちなさいっ!危ないでしょっ!!こっら〜っ!!!走るな〜っ!!!!」
と怒鳴りながら・・・、犬と一緒に走る。

(なんだかな〜)
である。立ち止まるか、グイッと引っ張るかすればいいのに。

(でも、ちょっと待てよ・・・。)

「あのさ、こいつらとコミュニケーションって本当に取れてると思う?」
「取れてるよ〜っ。ちゃんと私達の言葉、理解してるじゃない。」
「そうじゃなくて。コミュニケーションっていうのは、言葉のピンポンだろ。俺たちは、一方的に喋っているだけじゃないのか?」

よくよく考えてみると、妻ばかりでなく私もよく犬に話しかける。普通に人間と話すように。

「でも、犬は喋り返してこないよな。犬の顔色とか仕草を見て、人間が勝手に返事を想像してるだけじゃないのか?」
「えーっ。そうなのかな。だとしたら、私たちってただの変人じゃん。」

常々、ペットオーナーは変わった人が多いと思っていた。しかし自分だけは違うと信じてきたのだ。・・・が、その自信が揺らいだ。

それからしばらくは、自分の言動に注意するようになった。一般人から見て変な発言をしないように。ところが・・・、

『きゅ〜〜っ!』
私たちの夕食の最中、玄徳が椅子の脇でゴネだしたのである。

「玄徳、ノー。」
犬の訓練士のように玄徳を諭した。つまり・・・、良識人らしく。

『ぎゅ〜、がる、がる〜』
「玄徳、ステイ」

『ひゃう、ひゃう〜っ』
「げ・ん・と・く〜っ、ノーッ!!」
『きゃ、きゃ、きゃう〜っ』

「あのさー、やっぱり・・・。これって会話になってるよな・・・。」
「うん。充分会話になってる。」
「なんて聞こえる?」
「訳のわからんことほざくな。早くそれを喰わせろ。」
「だろ。やっぱり犬って、話しするよな。でも、玄徳だけか?」
「そんなことないよ。ほら、この前ご飯のとき越前が・・・」

 

越前が突如、ソファに座っていた私の膝に、前足を掛けてピョンピョン飛び跳ねだしたのだ。

「おいおい、どうした?ご飯は終わったのか?」
妻が3匹に夕食を与えた直後のことである。

<ぴょん、ぴょん、ぴょん>
(ちょっと、聞いてくれ、聞いてくれ!)

「ああ、キャベツ残したのか。」
越前は、野菜が嫌いである。そのせいか、獣医さんから「血がどろどろですね」と言われている。妻はそれを気にして、できるだけ野菜の多い食事を心がけているのだ。この日は、山盛りのキャベツの千切りに、トッピング少々。ちょっと手を抜いたか・・・。

『ハッ。ハッ。ハッ。』
越前は必死になって、私の膝の上に乗ろうとする。

「わかったよ。ほら。」
膝の上に乗せていたノートパソコンを除けると、そこに飛び乗ってきた。

<ぺろ、ぺろ、ぺろ>
(あんまりだ〜っ。)
目をうるうるさせながら、私の顔をしきりに舐める。そして、本当に涙まで流した。
「キャベツだけじゃ、喰えんか?」

妻が横で、不機嫌そうに越前を睨んでいる。

『カ〜ッ!』
越前が、痰を切るような声を出した。

(喰えるかよ。生だぜ、生。それもてんこ盛り。)

「お〜、よしよし。そんなに傷ついたのか。」

『フ〜ッ・・・』
越前は頬ずりするように私の肩に顎を乗せ、悲しそうにため息をついた。

(動物・・・、虐待・・・)

「何よ!だったら食べなくていいっ!!」
「あのさ、塩コショウとは言わないから。せめてオリーブオイルでも絡めてやってくんない?」
むっとする妻をなだめるのが大変だった・・・、

 

「・・・ってことあったよね。思い出すだけで腹が立つけど。」
「あった、あった。」

間違いなく、人とペットはコミュニケーションをしている。だから、ペットに話しかけることは何ら変ではないのだ。・・・が、ペットを飼っていない人には、

わっかんね〜だろうな〜。



第二十三話 完 

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