第二十四話 
祭り


どうして子供の頃は、いつもドキドキワクワクできたんだろう?
今、あんな気持ちになることってあるのだろうか?

犬たちがはしゃぐ姿を見ていると、よくそう思う。


「どうしたの、越前?めずらしいじゃない。」
家でたこ焼きを作った時の事である。めったにおねだりをしない越前が、立ち上がってテーブルの縁に顎を乗せた。
<ジーッ>
と、たこ焼きを見つめる。

「なんなんだ?いつもと様子が違うけど。」

興奮するわけでもなく、ただ見つめているのだ。何か考え事をしているように。そのうち・・・、

<ダラ〜ッ>
大量の涎がテーブルに広がり出した。

「絶対、あげちゃ駄目だよ。お葱も入ってるし、調味料だらけなんだから。」
「あのさー、この気迫に勝てる?」

はしゃぎもせず、息を切らせることも無く、無言で静かにたこ焼きを見つめるその姿は、居合い斬りの達人のようだ。

<全部喰ったら・・・、斬るっ!!>

一触即発の殺気が漂う中・・・、
ツツ〜ッと垂れる涎が間抜けだ。

 

「何でこんなに真剣なんだろう?前にたこ焼き食べさせたことあったかしら?」
「東北のお祭りの時・・。烏骨鶏ラーメンの町・・。」
「あー、あの時。随分前のことだよね。覚えていたのかなあ?」


越前がちょうど1歳になったばかりの秋のことである。磐梯方面に旅行に行った。出発が遅れたため、夕方になってもまだ東北自動車道を走っていた。

「今晩の夕食って何時までだっけ?」
「今日泊まるところは、食事無しって言ったじゃない。」
「そっか・・・。腹が減った〜。」
「どっかに寄る?」
「うん。郷土料理がいいな。パーキングエリアでグルメガイドを買おう。」
「どうせ、またラーメンになるんだよね。そんなこと言ってて。」
「そんなことはない。」


・・と言ってて、やはりラーメンになった。夫婦揃ってラーメンフリークなのである。

「烏骨鶏って、体にいいらしいよ。薬膳ラーメンだって。」
「無茶苦茶不健康なラーメンを以ってして、健康だと言い切るその根性が気に入った!」

  烏骨鶏 ラーメンがあるその町に到着した時は、既に陽が沈んでいた。3匹を車に残し、妻と二人で地図を片手に歩き出すと、笛や太鼓の音が聞こえてくる。

「近くで祭りをやってるみたいだな。」
「ちょっと覗いてみる?」
「いいけど・・・」

正直言って、祭りはあまり好きではない。生まれてこの方、祭りが楽しいと思ったことが一度もないのだ。美味くも無い出店が並び、欲しくもないおもちゃが売られている。そしてなにより、人が多すぎる。

「あなたのそういう性格って、孟徳そっくりだよね。」
「・・・・」


音を頼りに暗い小道を抜けると、突然祭りのど真ん中に紛れ込んだ。

「なんか・・・」
言葉を失った。ドキドキする。妙に楽しい。

「いい雰囲気・・・」
妻も同じことを思ったようだ。

なんてことのない祭りである。特に変わったことがあるわけでもなく、珍しい露天商が出ているわけでもない。ただ、お祭りの雰囲気が全然違うのだ。

「何が違うのかなあ?」
「灯り・・・だと思う。」

肌寒い東北の秋の夜、都会と違って田舎町は灯りが少なく物悲しい。そのせいで、お祭りの灯りがより一層美しいのだ。辺り一面がぼわーっとした淡い光で包まれており、その光の一粒一粒が見えるような気がした。まるで異次元空間に迷い込んだようだ。


「灯りって、こんなに優しくて暖かいものだったんだ。こういうお祭りって都会じゃ絶対味わえないよね。」

「ほんとだなあ。昔はもっと幻想的だったんだろうね。周りはもっと暗くて、お祭りの境内だけが明るくて・・・。」

きっと子供達は立ち並ぶ露店に心を躍らせ、若者たちは異性との出会いにときめき、年上の者達は若かりし日々に思いを馳せたのだろう。祭りというのは、新鮮で、淫靡で、懐古的でなければならないのだ。

 

「これは食べたことの無い味だわ!」

常に違わず、妻がたこ焼きを買った。珍しいことにここのたこ焼きは、サイコロ状に切ったじゃがいもが入っており、これがなかなかいける。

「お持ち帰り用にもう一つ貰おうか?今晩の夜食にでもしようよ。」


お祭りを一通り楽しみ、ラーメンを食べ(残念ながら祭りの印象が強すぎて味を覚えていない)、車に戻った。
「やっぱり、怒ってる。」
越前たちは、車のウィンドウにへばり付き、口をへの字に曲げて吠えていた。


「たこ焼きあげてもいい?」
「あなたがいいなら俺は構わないけど。後悔しない?」

後部座席で鼻を鳴らす犬たちのプレッシャーに、妻が負けた。
<フンッ>
という鼻息が、
(ちっ、自分達だけうまいもん食いやがってよ!)
に聞こえるらしい。

その晩、
「やっぱ、たこ焼きあげるんじゃなかった〜っ!あのたこ焼き、また食べたいよ〜っ!」
妻は寝るまでぼやいていた。

 

「思い出すだけでドキドキするわね。また行こうよ。」
「そうだな。こいつらも祭りは見てないけど、よっぽどたこ焼きが印象深かったんだろうな。」
「こんなに喜んでくれると、こっちも嬉しくなっちゃうよね。」

3匹は目をまん丸にして、テーブルにへばり付いている。見つめる一点は・・・、

たこ焼きだ。

 

考えてみればこいつらは、食べ物にドキドキし、散歩にドキドキし、優しい声を掛けられることにドキドキし、外出した飼い主をドキドキしながら待つ。そして、その犬たちの様子に・・・・、

「私、犬達を見てるだけで、毎日ワクワクする!どんなに見てても飽きない!」

のだ。



第二十四話 完 


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