第二十六話 開き直り
「お前か〜っ!!」
とうとう現場を押さえた。
日頃、夫婦揃って出掛けると、我が家の三匹はここぞとばかりに大暴れする。
普段は絶対しない場所で粗相をしたり(これは絶対嫌がらせである)、
花瓶を割ったり(これは事故であったのだろう)、ゴミ箱を引っくり返したり (だから業務用の巨大ポリバケツを買った)、袋に入っている物の中身をぶちまけるのだ。
三匹の攻撃目標は、当然のことながら食い物なのであるが、自分達の好物が放置されていることはまず無い。しかし、彼らは手ぶらでは済まさない。何としてでも戦利品を獲得しようとする。これまで略奪されたものは、生の白菜、米袋、ソーセージ、インスタントラーメン、食パン、ソーメン、ウドン、スパゲッティ、チョコレート、ポテトチップス、キャラメルコーン、マヨネーズ、ケチャップ、ジュース、コラーゲン等の美容サプリ等等。帰宅すると、これらの残骸が部屋中に散乱しているのである。しかし、不思議なのは・・・、
「誰かが、テーブルの上に乗っている・・・。いったい、誰が・・・。」
外出する時は、椅子をテーブルから離しておくことにしている。だから、この上に乗るには、椅子を移動させて乗るか、ジャンプして乗るかのいずれかしかない。確かに、帰宅すると椅子の位置が動いている。しかし、それでもテーブルからは随分離れているのだ。
「犯行後に、椅子を元の場所に戻しているのか?」
「まさか。そこまで気が利くはずじゃないでしょう。」
「そう思うんだけど・・・。孟徳だったら・・・。こいつは、強かだから。」
ジャンプして乗るとすれば越前である。それほどの運動能力を有するのは、越前ぐらいしかいないはずだ。しかし、
「越前がそんなことするかしら?」
越前は、事の是々非々を理解している犬である。そういう事をすると叱られることは十分理解しているはずだ。怒られると思いっきり落ち込む越前が、そんな無茶をするだろうか?
「でも、魔が差すということもあるし・・・。」
「玄徳も十分怪しいじゃない。」
そうなのだ。玄徳の能力は、越前と孟徳の中間に位置する。越前よりは強かで、孟徳よりは運動神経が良い(裏を返せば、越前よりは鈍臭く、孟徳よりはビビリである)。それに、我々が帰宅した時の態度が一番怪しいのも玄徳だ。何も問題が無い時、我々が帰宅すると犬達は玄関まで出迎えに来る。しかし、悪さをした日は・・・、
「出迎えに来ないな。きっと凄いことになってるぞ。」
「今、何してるんだろう?」
「決まってるじゃん。こういう時は・・・」
部屋でじっと息を潜めているのだ。
越前は、荒れ放題の部屋のど真ん中で伏せをしている。ぷるぷると小刻みに震えながら、上目遣いでこちらの出方を見る。
孟徳はクッションの上で、ぬいぐるみの足をちゅぱちゅぱしゃぶる。「わしは何も知らんし、何も関係ないのじゃ。」とばかりに、私達夫婦を無視する。
そして玄徳は、ソファの下に頭を突っ込み、尻だけ出してガクガクと震えているのだ。
「ただいま。・・・・・・・。どういうことだ、これは?」
低くドスを効かせた声を出す。
越前は涙目で、
<ぷるぷるぷるっ、ぷるぷるぷるっ、ぷるぷるぷるっ>
溶けていくのではないかというぐらいに、体を床に貼り付ける。
孟徳は、
『ぶぶっ』(お〜、帰ってきたか〜っ)
腰を振りながら、何事もなかったかのように寄ってくる。残骸を蹴散らしながら・・・。
そして玄徳は、
<びっく〜んっ!がくがくがく〜っ!>
銃で撃たれたように、飛び出たお尻が跳ね上がる。そして、ひーひー鳴きながらお尻を隠そうとソファの奥へ奥へと潜ろうとするのだ。
「俺は、絶対玄徳が犯人だと思う。」
「証拠も無しに怒ったら駄目だよ。違ったらどうするの。」
「この状況を見て、玄徳以外に考えられるか?」
「そんなの分からないじゃないっ!状況証拠で物を言うのはやめてよっ!」
こうして事件は毎回迷宮入りしてきたのだ。
しかしこの日、謎のテーブル怪人の正体が判明した。
ちょうどその時、私は居間で昼寝をしていた。妻はベランダで洗濯をしていたらしい。ふと目が覚め、寝ぼけ眼で起き上がると、
<ダ〜ンッ!>
黒い物体がテーブルの上から落ちた。びっくりして足元を見ると、
『フンッ、フンッ、フンッ』
物体が尻尾をギコギコ振りながらじゃれてきた。テーブルの上に視線を移すと、昼食の残り物が綺麗さっぱり無くなっている。皿がびかびかに光り、触るとぬるぬるする。目を吊り上げながら振り返り、
「お前か〜っ!!」
孟徳だった。
孟徳は、怒鳴られても平気でじゃれてくる。愛嬌を振り撒けば、勘弁してもらえる可能性が高いことを知っているのだ。しかし、この日はそう上手くはいかなかった。
「この野郎〜っ!ふざけるな〜っ!」
やばいと感じた孟徳は、しれっと部屋の隅に行きぬいぐるみをしゃぶりだした。
「何があったの?」
私の大声に、妻が驚いて居間に戻ってきた。
「こいつが犯人だ!テーブルに乗ってた奴は。」
「見たの?」
「見たっ!現行犯逮捕だ!」
「こらっ、孟徳!どういう事!!」
『ぶ〜、ぶ〜、ぶ〜』(わしには、一体何の事だか・・・)
二人がかりで怒られても、孟徳は知らぬ存ぜぬを決め込み、ぬいぐるみをしゃぶり続けた。
「何か・・・、怒っても空しい。」
「本当にこいつはいい根性してるよな。」
「でもさ、ここまで開き直られると清清しいよね。人間の男には真似できないわよ、
これは。」
確かにそうかもしれないと一瞬思ったが・・・、
「いや、そんなことは無い!俺は、そういう人を知っている!
昔、インドネシアで働いていた時・・・」
昔、インドネシアで働いていた時同じ職場に年輩の技術者がいた。齢は、五十歳前後だったと思う。背が低く、目が細く、しかし体は引き締まっている。性格は、明朗快活、豪気にして豪胆。幹竹を割ったような性格で、相手が誰であろうとはっきりと自分の意見を言う。昔の名立たる侍は、こういう人物であったのだろうと思わせる人であった。仮にAさんとしておく。
よくある事であるが、こういう人は上司の受けが良くない。しかし、我々若手社員はこの人が大好きであった。そしてそれ以上に、女性にモテた。それまで様々な国々で仕事をしてきたそうであるが、行く先々で彼女を作っていたらしい。それも後腐れなく。どうしてそんな事ができるのか若手の間で不思議がったものであるが、本人は、
「ひとえに私の人徳でしょう、かっかっかっ」
ある休日、その人から電話がかかってきた。
「今晩、若い衆みんなでうちに来なさい。珍しいものを食べさせてあげるから。」
「珍しいものって何ですか?」
「今朝、狩に行ってきたんだよ。鹿と野豚を仕留めた。はっはっは。丸焼きにするぞ。
それじゃあ、今晩。」
鹿肉は、ほとんど脂身がないのだが、溶けるように柔らかい。野豚も、普通の豚より味がしっかりしており、それでいて上品な味である。しばらく狩の話で盛り上がっていたが、酒が進むうちAさんの昔話になった。
「まあ、ジャングルと言ってもこっちは大したことは無いな。」
「そうなんですか?」
「そりゃ、そうさ。昔、パプアニューギニアの山奥に現地調査に行ったが、それと比べればこっちのジャングルは小学校の運動場だよ。」
パプアニューギニア独立国は、ニューギニア島の東半分に位置する。西半分はインドネシア領であり、イリアンジャヤ地方と呼ばれている。山間部には多くの少数部族がおり、かつて首狩族とか人喰人種と呼ばれていた。昔、アメリカの博物館に行った時、『シュランクンヘッド』なる物を見た事がある。人間の首を切り落とし、頭蓋骨と脳味噌を刳り抜き、藁を詰めて乾すと、手の平大に縮む。ちょうどモンチッチの縫い包みの頭ほどである。それを作っていたのが、この地域の部族である。政府の文明化政策で、それらの風習は無くなったとされているが、インドネシア人の間では「今でも危ない」と実しやかに噂されている場所であった。
「現地調査と言っても、ジャングルの中じゃなかったんでしょう?」
「いやいや、ジャングルの奥深く。ジャングルを抜けて、山のてっぺんまで登ったよ。」
「無茶苦茶しますね、会社も。大丈夫だったんですか?」
「いやー、人生最大のピンチに直面したね。かっかっか。」
Aさんは、日本からたった一人で現地入りした。現地で数人のガイドと合流し、現場に向かったそうである。
「ヘリコプターでしか行けない場所なんだよ。初めてヘリコプターに乗ったんだが、感動したねえ。気分は、ジェームズボンド。」
(それを言うなら、インディージョーンズだろう・・・。)
ジェームズボンドは、パプアニューギニアには行かない、きっと。
「そのヘリコプターも、途中までしか飛ばないんだよ。」
目的地の周辺には、着陸する場所がなかったらしい。後は徒歩でジャングルを進むしかなかった。
「山刀片手に、ジャングルを切り分けて行くんだ。蛇とか蛭とか、うようよいる中を。」
「ほう、それで?(首狩族はいつ登場するんだ?)」
「何とか山頂まで着いて、しっかりお仕事をしたよ。そして帰りは・・・」
「帰りは?(いよいよ首狩族登場かっ!)」
「自分で作った道を辿ればいいから楽だった。」
「・・・。あのう・・・、首狩族とは何処で・・・?」
「遭うわけねえだろう。遭ってたら、今頃ここにはいないよ。かっかっか。」
「でも、人生最大のピンチって・・・。」
「それは、日本に帰ってからだ。」
「はあ?」
結局パプアニューギニアでは、これと言った事は何も起こらなかったと言うのだ。
全員がっかりした。
「で、日本でどうしたんですか?」
「うん。俺も油断した。家に帰ると流石にほっとしたんだよ。で、そのまま寝てしまった。
その間に家内が旅行鞄を整理した。そして、中から出てきたのが・・・」
ゴム製の男性用避妊具であった。
「・・・・・・・・。」
一同、絶句した。よくある話ではある、が、しかし、今回は、
「あんたは・・・・、首狩族とも・・・やる気やったんか・・・・・。」
元気がいいのは結構である。が、元気ありすぎ・・・。
「いくら何でも、それは無いでしょう。そりゃあ奥さん、怒りますよ。」
「よりにもよって、旦那の浮気相手が人喰人種ですよ。」
「情けなくって、涙が出ますって!」
若手からブーイングの嵐である。するとAさんは怒声をあげた、
「馬鹿者!お前らは何にも分かっていない。 いいか良く聞け、
もしお前らが首狩族に捕まって、酋長から娘を嫁に貰うか、首を刈られてスープにされるか 選べと言われたらどうするつもりだっ!」
「それは・・・。でも、そういうシチュエーションって有り得ないでしょうが。」
「無いと言い切れるか?」
「絶対無いとは言いませんが・・・。」
「そうだろう!そういう事なんだ。」
一同、呆れた。
「あのう、奥さんにもそう言ったんですか?」
「言える訳ねえだろう。」
「ですよね・・・。で、何て・・・。」
「家内には、こう説明してある。ジャングルの中では・・・」
ジャングルの中では、ゴム製避妊具は重要な救急医療道具になると言うのである。例えば頭上から石が落ちてきて頭を切った時、タオルを当ててその上からゴムを被ると止血と防菌の二重の効果が期待できる。また、蛇に噛まれたときは患部の手前をゴムでギュッと縛り、毒が全身に回らないようにする。その他、手袋や靴下の代用など利用用途は様々だと言うのである。
「・・・、それらしい言い分ですけど、奥さんはそれで納得したんでしょうか?」
「納得はしなかったな。でも、反論もできないだろうが。かっかっか。」
「なっ、似てるだろ。結局人も犬も、開き直った奴の勝ちってことだな。」
「ふ〜ん、なるほどね。ところで、あなたと孟徳って性格似てるの知ってる?
そういう所だったのね。」
「・・・・。」
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