第二十七話 IQ

 

「次は何書くの?」

「タイトルは『IQ』。」

「ちょっとぉ、もう下ネタは止めてよっ!」

「何で、IQが下ネタなんだっ!」

「どうせ、下ネタになるんでしょ。」

妻に言われたからという訳では無いが、今回は下ネタ無しでいく。

 

つい数日前、テレビでIQテストの番組をやっていた。古館一郎が司会であった。
妻と一緒に真剣に問題を解いた。結果は・・・、

「すっげえ!上位数パーセントに入っているぞ、俺。」

意外にも良かった。

「がっはっは。思い知ったか、××め。」

大喜びの大騒ぎ。

「そんなに喜ぶほどのことなの?それに、××って誰よ?」

「確かにその通りだ。別に何が変わるわけでもない。だが、これは俺の人生にとって、
とても重要な事なのだ。」

実はそれまで、私は自分が馬鹿なのではないかと思っていた。
特に、IQに対してコンプレックスを抱いて生きてきたのである。

「何で?」

「実は小学校一年の時、・・・。」

 

 

小学校一年のある晩、担任の先生から電話がかかってきた。

「もしもし、担任の××ですけど。実はお話したいことがありまして。
明日、学校に来ていただけませんか?」

「息子が何かしたのでしょうか?」

「詳しい話は学校で。」

理由も告げず、担任は電話を切ったらしい。

 

「あなたっ!学校で何したのっ!」

いきなりそんな事言われても・・・、思い当たることが多すぎる。

「何にもしてないよ、僕・・・。」

「嘘言いなさい!明日には判るんだからねっ!」

その晩、子供ながらに寝る事ができなかった。先生から何を言われるのか・・・。

 

翌日、授業が終わり教室を出ると、母親が教室の外で立っていた。

「お母さんは今から先生とお話するから。あなたはここで待っていなさい。」

げげ〜である。ドキドキしながら廊下で待っていた。その頃教室では・・・、

 

「今日は、わざわざご足労いただき有難うございました。 実は○○君の学力について
お話したいと思いまして。」

「そうですね。確かに酷い成績ですよね。」

「学校の成績もそうなんですが。実は先日、知能テストを行いまして。
普通その結果は公表しないんです。でも○○君の場合ちょっと問題が大きいので、
お伝えすることにしました。」

「結果はどうだったんですか?」

「平均より遥かに下です。はっきり申しまして、知恵遅れだと思われます。」

「・・・・・。」

 

泣きながら家に帰る母の後を歩きながら、小学生の私は恐怖に打ち震えた。
その晩、我が家では家族会議が開かれ、暗い雰囲気に包まれた。

「知恵遅れってことは無いだろ。いくら何でも、そこまでは・・・。」

「でも、知能テストの結果は・・・。」

「お前はテストの時、何をやってたんだっ!」

いきなり父が、私を睨みつけた。

「何って・・・、テスト。」

「答えがわからなかったの?それとも質問がわからなかったの?」

母が不安そうに聞く。小学校一年と言えども既に強かである。本当の事では無く、親が期待する答えを返そうとするものなのだ。しかし・・・、

(え〜っと、「答えがわからない」と言った方がいいのかなあ?それとも「質問がわからない」と言った方がいいのかなあ。う〜んっと、)

「質問がわかんなかった。何言ってんのかわかんないだもん。」

小学校一年の私は、強かであったが・・・馬鹿であった。

両親は顔を見合わせ、

「はぁ〜〜っ・・・・・」

頭を抱えた。

「ねえねえ、ママ〜。お兄ちゃんはね〜、知恵遅れなんだよ〜。知恵遅れ〜。」

『知恵遅れ』を連発する二歳の妹の無邪気な声が、・・・その場の空気をさらに
冷たくした。

 

あの頃を振り返ってみると、私は確かに知能に問題があったのではないかと思う。
「一たす一は二」しか覚える事ができず、それもただ口に出しているだけで、何の意味があるのか理解できなかった。物事が頭の中で繋がっていかないのである。
さすがに焦った父は、週末になると碁盤を出してきて、

「ほら、白い石が一つに黒い石が一つあるだろう。全部で石はいくつだ?」

「わからん!」

色が違うだけで、訳が分からなくなるのだ。

「・・・。そうか。じゃあ、黒い石が一つあるだろ。ここにもう一つ黒い石が乗ると、
全部でいくつだ?」

「二つ。」

「よしよし。これが、『一たす一は二』という事なんだ。
じゃあ、あと三つ黒い石を乗せるぞ。いくつになる?数えてみろ。」

「いち、に、さん、・・・。五!」

「そうだ。つまり、『二たす三は五』になるんだ。分かってきたか?」

「うん、分かってきた!」

「いいぞ、その調子だ。じゃあ質問だ。『三たす二』は何だ?」

「わからん!」

こういう調子だったのである。

 

 

「・・・って事があったんだよ。」

「そうなんだ。それは大変だったわねえ。」

「だろう。俺も辛い思いをしてきたんだ。」

「あなたじゃなくて、お義母さんが。」

「・・・。まあ、いいだろう。 で、俺が言いたいのは、そんな子供が知らず知らずのうちに天才になっていたとは。これに感動せずして、何に感動する?」

「はいはい、それは良かったですね。ところで話は変わるけどさ・・・」

当然話題は犬のIQになった。三匹のうち、誰が一番IQが高いのか。

 

「やっぱり、一番が越前で、次に玄徳。孟徳は・・・、」

その時孟徳が、自分が呼ばれたと思ったのであろうか、妻の膝に飛び乗ってきた。膝の上で、

<じ〜っ>

あどけない目で、妻を見上げる。

「私達の会話、理解してるんじゃないかな。気分悪くして、抗議に来たのかも。
孟徳、ごめんごめん。お前も賢いよ。」

と言った瞬間、

<ダーンッ!>

いきなりテーブルの上に飛び乗り、

<ばくばくばく〜っ!>

妻がこれから食べようとしていた羊羹を食ってしまった。

 

「こら〜っ!馬鹿野郎っ!」

大きな声を出してもびくりともしない孟徳の首根っこを掴み、床に放り投げた。
しかし孟徳は、

<ぶっぶ〜♪>

動じるどころか、嬉しそうに食後のトイレをしに行った。

 

「あいつは・・・、もしかしたら脳に障害があるのかも知れない。
怒られていることすら理解できていないんじゃないか?」

しかし、妻はまだ、空になった菓子皿を呆然と見つめていた。そして徐に、

「あのさ・・・、こういう所が似てるのよ。あなたと孟徳。 ・・・ってことは、
孟徳が一番IQが高いんじゃないの?」

「なんか・・・、」

IQなんてどうでもよくなった。

第二十七話 完 


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