第二十九話 2006年 新年

 

「あけましておめでとうございます。新しい年になりましたね。」
「あけましておめでとうございます。今年は良い年になるような気がするなあ。」

正月料理が並ぶテーブルに着くと、新年だという実感が湧く。
犬達も立ち上がってテーブルの淵に顎を乗せ、料理をしげしげと眺める。いつもと違う料理に、興味津々の様子だ。特に気になるのが数の子らしい。

ガシ、ガシ、ガシ

越前が一生懸命前足を伸ばし、皿を引き摺り落とそうとする。孟徳と玄徳は、越前の両隣に立ち、越前の前足を視線で追いながら、無言で「兄ちゃん、頑張れ!もう少しだ!」と応援をする。こういう時の、三匹が見せる連帯感には感心してしまう。

「ノーッ!これは絶対駄目だからね。塩分が強いから体に悪いのっ!!」
妻はそう言って怒るが、むしろ妻の好物であることが本当の理由だ。

「今年の言葉は何?」
「言葉って?」
「書初めの言葉よ。」

雑煮を食べていると、妻が聞いてきた。

「いや・・・、考えていなかった。何にしよう。」

そう言えば小学校以来、書初めなんかした事も無いし考えた事すら無い。そもそも座右の銘を持たない私である。辞書を引くと、『座右の銘』とは日々自分を戒めるための言葉と書いてある。毎日反省なんかしてたら、自分自身が嫌いになりそうで、そういうものは持たない事にしていた。

「気分一新、一年のテーマを持ったら?」
「そうだな。やっと厄年も終わった事だし、何か考えてみるか。」

自分を戒める言葉ではなく、自分自身が元気になれる言葉を考えようと思った・・・が、
そんなもの、すぐには思い浮かばない。食事の片付けをする段になっても、何にするかと悩んでいると・・・、


ダダーンッ!!!


音がした方を見ると、テーブルの下で孟徳が仰向けになって転がっていた。

「・・・・・。」
「・・・・・。」

夫婦ともども絶句していると、孟徳はむっくり起き上がり、何事もなかったようにぴょこんと椅子に飛び乗った。犬がテーブルに乗らないよう、椅子は離してある。ところが・・・、

ダンッ!

飛びつくようにテーブルの淵に前足をかけた。
後ろ足は、かろうじて椅子に引っ掛かっている。
背中は弓なりに反り、背骨が折れるのではないかと思った。

チャッ! 
後ろ足で椅子を蹴る。
バタバタバタ、ググッ!
鉄棒の腕立て懸垂のように、前足だけを突っ張って体を支えた。
後ろ足はじたばたと宙を掻きバランスを取る。  肩の筋肉が盛り上がり、ぷるぷると震える。  普段はやる気のないぬぼ〜っとした眼差しに、強靭な意志の光が宿る。そして・・・

フンガ〜ッ!!!

気合で後足を持ち上げ(さっきはここで転落したらしい)、それをテーブルに引っ掛け・・・、

「おお〜っ!!!」
見事に乗った。そう、孟徳は我々が不在の時、こうやってテーブル荒しをしていたのだ。


「孟徳って・・・、不屈の魂・・・。食だけは・・・。」
「うん・・・。ある意味、感動的だな。今の見て、今年の言葉が決まったよ。『心意気』だ。」「どうして?」
「松本幸四郎の言葉を思い出したんだ。」

数年前、松井秀樹がメジャーリーグへ旅立つ前、送別会が開かれたというニュースが流れた。その宴席で、松本幸四郎が松井にエールを贈っていた。私は野球にも松本幸四郎という俳優にも興味は無かった。何の気なしに見ていた画面の中で、松本幸四郎がその言葉を放った。

 『夢とは、ただ見るだけのものでは無く、ただ語るだけのものでも無く、
  夢とは、それを叶えようとするその人の心意気だ。』

衝撃を受けた。一瞬で胸が熱くなり、涙がボロボロ流れて止まらなくなる。
言葉がこんなにもすばらしいと思ったことはなかった。
「この人は、何と心のこもった美しい言葉を発するのだろう」 と思った。

「今の孟徳を見てて、あの言葉を思い出したんだ。」

「なるほどね。 孟徳の場合、

  『食い物は、ただ見るだけのものでは無く、ただ嗅ぐだけのものでもない。
  食い物とは、それを喰おうとするその犬の心意気だ!』
   
って感じだもんね。」

「そう。まさにそれが頭に浮かんだというわけよ。」


今年も我が家の犬どもは、新年早々エンジン全開である。


第二十九話 完


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