第三十話 ボール遊び

 

「お前ら、そんな目で人を見るのは止めろ。」


足元で、越前と玄徳が私達夫婦をじっと見上げている。


『するんだよね?信じていいんだよね?まさか、無しってことはないよね?どうなの?』


期待と不安が入り混じった目で見つめてくる。

「この子達、ここに来たらいっつもこんな顔するんだから。すごいプレッシャーだよね。」

いつもの公園の一角。ボール遊びをさせる場所である。ただし、周囲に人や他の犬がいないことが条件である。いると残念ながら素通りだ。だからここに来ると犬達は、頑張って飼主に脅しをかける。

「よしよし、心配するな。今は誰もいないから、急いで遊ぼう。」

散歩袋に手を入れると、越前と玄徳の目はキラキラと輝く。袋からボールを出すと、二匹の興奮は極みに達し、ぴょんぴょん飛び跳ね出す。大はしゃぎする越前たちを、

ボーッ(馬鹿な奴らめ)。

孟徳が呆れ顔で見つめる。孟徳にとっては、食えないものは意味が無い。そんなことに体力と精神力を使うのはもったいないのである。

妻が散歩袋からボールを取り出すと、胸の高さまで届くほど跳ね上がる。
「よし、お座り!投げるよ。」

ポーン

ボールを投げると、

サササーーッ!
越前が、まるで水の上を滑るように走り出す。動きが滑らかである。その後を・・・、

ギャタギャタギャタギャターッ!!
土煙を上げながら、地を這うように玄徳が追うのだ。まるで巨大なゴキブリだ。

「同じフレンチブルドッグでどうしてこうも違うの?」
「フェラーリと戦車の違いみたいなもんだな。一応、どっちも車・・・。」
「あっ、でも玄徳がボールを取った。」

越前の方が足は速いのだが、ボールをゲットする確率は五分五分である。
何でかと言うと・・・、越前は小回りが利かない。毎回、玄徳に数メートルの差をつけてボールに追いつくのだが、ここで咥え損なうとボールをほったらかしたままどこぞへ突っ切ってしまうのだ。 一方玄徳は、ゴキブリと同じく小回りが良い。越前が取りこぼしたボールを、急停止・急旋廻してボールに飛び掛る。

テッテッテッテッ

ボールを咥えると、二匹一緒に嬉しそうに私達の所に戻ってくる。足元で、咥えていたボールをコロリと落とし、目をキラキラさせながら、

ヘッヘッヘッヘッ(次投げろ)

とせがむ。

ポーン、ササササ、ギャタギャタ、テッテッテッ、ヘッヘッヘッ
を20〜30分続けると、玄徳の目は真っ赤に充血し息が荒くなる。こうなると潮時だ。
ほっとくと倒れるまでボールを追っかけるだろうから。

「は〜い。みんな集合。次投げるよ。」

妻が越前と玄徳に声をかける。嘘である。「帰る」とか「終わり」とか一言でも言おうものなら、途端に反抗期真っ盛りの問題児と化すからである。とりあえず嘘をついて、2匹を呼び寄せ、隙をついてリードを掴むつもりが・・・、

ダダダダーッ

2匹は踵を返して、妻から逃げるように離れた草むらに飛込んで行った。最近では、妻の嘘を察知できるようになったのだ。声音か微妙な仕草で分かるのであろう。こうなると捕まえるのに一苦労する。

「ほらっ、捕まえた。」

妻と手分けして2匹を捕まえた。妻が越前、私が玄徳を。

「越前、ボールを放して。もう終わりだよ。」

越前はボールを咥えたまま放そうとしない。

「越前、ノーッ!放しなさい!」

普段は従順な越前も、この時ばかりは言うことを聞かない。

「どうしよう?咥えさせたまま帰る?」

「あのさ。躾けの本にそれは駄目だって書いてあったぞ。飼主はボールの取り合いで絶対負けたら駄目なんだって。」

「え〜っ!でも、全然言う事聞きそうに無いんだけど。」

「じゃあ、俺がやる。」

「無理矢理引っ張らないでね。歯が折れたら大変だから。」

「わかった。」

妻から越前のリードを受け取ると、越前がジロリと下から睨んできた。『絶対にボールは渡さんっ!』と言っている。口の中に手を突っ込みボールを引き剥がそうとしたが、犬の顎の力には敵わない。大きな声を出しても、ボールごと頭を左右に揺さぶっても放そうとしない。

「よし、わかった。だったら俺にも考えがある。」
親指と人差し指で、越前の鼻の穴を摘んだ。息が苦しくて、ボールを放すと思ったのだ。

ところが、

ぶひゅ〜、ぶひゅ〜
ボールを咥えた口のわずかな隙間で呼吸をする。その目つきが生意気である。

「そうか。お前がそういうつもりなら、俺にも考えがある。」

手の平で口全体を覆った。それでも越前は動かない。何が何でも放さないつもりだ。

「ふっふっふっ!越前、苦しいだろう。放した方が身のためだぞ。」

悪代官のような気分になってくる。妻を振り返り、

「こいつ、しぶとい奴だ。」


と言った直後、

「きゃーっ!やめてっ!越前がっ!」

越前が・・・、

 

白目を剥いていた。

 

あやうく窒息死させるところだったのだ。慌てて手を離すと、

フ〜ッ、フ〜ッ!
ボールを咥えたまま、大きな息をした。

 

「お前・・・・・」
そうまでして、ボールが欲しいものなのだろうか。

「もういいや。このまま帰ろう。」

「うん。これが越前の心意気なんだよ、きっと。」

その越前も今、原因不明の痛みに苦労している。しかし、是非心意気で治してほしいものだ。

第三十話 完


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